この世の本質とは?
苦難を乗り越えるプロセスや決して諦めない忍耐力を持つことを、言葉で伝えることは簡単でではない。
ただ言葉にできる、ということは、自分の想いを知れ、その想いを誰かに伝えることができる。この当たり前すぎる、言葉作りをする作業がとても大変。
人の負の感情に対して、人は何が起きるかわからないことに、不安や苦しみを感じる。
だれにも伝えられない不安や、言葉にならないような表現できない言葉が、苦しく、時には人を虫食む。
おそらくそれに気づくことが出来ない人はいつか、、、。
現在から過去を見返した時、なんであんなに風に感じていたのだろうと、不思議ぐらいに強くなれる。人は何かを乗り越えたときに真の力が発揮できまた一つ成長できる。
これが今思う自分の成長と思うが、時には安らぎの場を作ることが必要。苦難をさらに乗り越えたときに、またさらに苦難以上の苦難が来る。まるでそれはドラゴンクエストのようで、レベルアップのためにどんなモンスターと闘うか?
ひたすら格下のスライムと闘うか、少し強いゴーレムか、それとも発生頻度がとても低いはぐれキングに会うまで闘い続けるか。ひたすら、冒険し続けるか、無防備に、ひのきのぼう、皮の盾、布切れで、誰に闘いに行くかで困難が変わってくる。
何を言いたいかというと、今あるすべてのものは、何か同じものから作られてる。オットーシャーマンのU理論も、川柳のうがち、おかしみ、かるみの3要素も、システム思考もすべて。
誰かが色眼鏡で勝手にフィルタリングして、それを解釈してるに過ぎない。言葉を変え、品を変え、体を変え、思いすらも変えてる。人が見える角度がそれぞれであるためにそんな事象が起きてる。
最近気づいたのだか、それに気づかない人がとても多い。人間の本質とは何なのか?
ただし、この今の感覚は、再現性のあるものでなく、実証性がないので言葉に説得力がないのも自分でわかる。だから楽しく実験しながらこの感覚を身のあるものとして挑戦していきたい。